2009年2月 1日 (日)

無事帰国に娘たちは「奇跡が起こった!」

22日にホノルルを発ち、23日無事東京(成田空港)着いた。

2007823日(木) 成田空港 晴れ

14:07 東京国際空港に着陸、「二人だけの世界一周旅行」完遂。

14:30 長女が出迎えてくれた。パリから送った別送荷物の手続きで税関へ。また、ホノルルで仕込んだチョコレートなどは宅急便で仙台の自宅に送った。

 長女の車で家まで連れて行ったもらった。娘の家で早速乾杯だ。久し振りに日本語だけの会話が弾む。言葉の障害のないことが、これだけ気持にゆとりを持たせるとは。

 さて、読者の皆様に感謝しながら一言。

【反省】折角素晴らしい世界各地を訪問していながら、事前の調査不足で見落とした所、行き損ねた所があまりにも多かった。国内のドライブ旅行でもほとんど無計画、行き当たりばったりでやってきたが、その癖が大事なところで出てしまった。日誌を書きながら、後から訪問地の情況等を調べて臍を噛む日が続いた。

 行き当たりばったりの旅には思わぬ幸運に恵まれることも多々ある。しかし、実を多くするにはやはり事前の調査、準備が肝要である。読者の皆様はどのようにお感じになっただろうか。

【これから】この旅行を振り返って、当初あまり意識していなかった「世界遺産」を整理してまとめてみたい。昨年のサンマルコ広場(ベネツィア)での大洪水には心が痛んだ。ライン河の増水も心配だ。「世界遺産」維持のためにも環境保護、省エネが大切で、自然エネルギーの活用に力を入れなければならない。この点、ヨーロッパ、北欧が進んでいることを目の当りにした。世界の一人ひとりの意識改革が求められる時代に入っている。

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2009年1月 4日 (日)

ハイアット・リージェンシー・ワイキキ

Hyatt Regency Waikiki Resort & Spa (ハイアット・リージェンシー・ワイキキ・リゾート・アンド・スパ)
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ホテルの案内書によると、「ワイキキの真中、ビーチに面して建つデラックスホテル。8角形の双子のビルはひときわ目立つ。部屋はかなり広く、ゆったりとリゾート気分を楽しめる。インテリアも洗練されていて落ち着いた雰囲気。会議室、スパなどの設備も充実し、ショッピングアーケードもある。リージェンシークラブ(Regency Club Ocean)宿泊者は、3960号室のラウンジが使えます」とあった。
 通された部屋は高層階にあり(ROOM:3568)、ベランダからの眺めは抜群だ。

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ヴァンクーヴァからホノルルへ飛ぶ

2007817日(金)
Ap1_3 19:40 10分遅れでホノルル空港に着陸。晴れ。ヴァンクーヴァから6時間のフライトで、時差は3時間である。
20:00 ハワイ(米国)入国は簡単。タクシーでホテルへ($40)。
20:40 ハイアット・リージェンシー・ワイキキへチェックイン。日本人観光客を中心に大混雑である。日本ではお盆休みの真っ最中だ。エレベータに乗るのが一苦労であった。

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2008年12月29日 (月)

ヴァンクーヴァ最後の朝

6:30 起床 晴れ/曇り

8:30 朝食

Vanc14  9:40 絵葉書を求め市中へ。POST OFFICEの近くの店で買うことができた。ホテルに戻る途中、大きな牛の像を見た。ほんとに牛だろうか。何でこんなところに牛がいるのだろうか。気になってシャッターを切った。

10:30 ホテルに戻る。
11:30 ホテルチェックアウト

12:00 タクシーで空港へ($30)。
12:30
 エアカナダ、チェックイン。荷物を持って出国。相変わらず指紋チェックが厳しい。一応カナダを出てアメリカ(ハワイ)へ行くのだから当然かもしれない。無事税関通過。

Lounge2Lounge4

Ap12




13:30 
エアカナダのラウンジで軽食。食べ物は何もない。飲み物ばかりだ。
 ラウンジを出て搭乗ゲイトへ。

16:10 搭乗開始。B767の座席は何と真ん中であった。A_C D_F H_K D_Fであった。何故だ。予約では窓側だったのに。チェックインで確認しなかったのがいけなかった。
16:53(定刻:16:30) 離陸。
 北欧もそうだったが、北の国々は美しい。美しい日本を取り戻せるか心配だ。


2007817日(金) ヴァンクーヴァ→ホノルル

 

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2008年12月25日 (木)

懐かしいレストラン “Water Street Café”

Clock2_2Clock4_2Gastown4_2




 時計の直ぐ前に洒落たフランス・レストランがあったが、
CG(Computer Graphics)調査時に入ったレストランに違いない。写真(中)の左手に見えるのがそのレストランで、“Water Street Café”とあった

Vanc12_3Vanc9Vanc13_2



 ホテルに戻る途中、明るいドーム状の建物の前を通った。覗いてみると、何とSENDAI SUSHIとあった。

18:10 ホテルに戻る。明日は最後の訪問都市、ホノルルだ。

22:00 就寝

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ガスタウンの蒸気時計(Steam Clock)

Clock1_2  1987年の出張時に、初めてガスタウンを訪れた。その時に見て大いに気に入った「蒸気時計(Steam Clock)は健在だった。この蒸気時計は街のシンボルで、1977年製である。近くにCHINA TOWNがあるせいか中国の観光客が蒸気時計の周りで次から次と記念撮影をしていた。それはいいが、他の観光客を慮らない彼等のマナーの悪さはパリと同様だ。
 ようやくの思いでシャッターを切った。この時計は毎正時に汽笛を鳴らしながら湯気を吐く。丁度午後5時を過ぎたところで、時計の上部から湯気が出ているのが分かる。もう少しで汽笛を聞くことが出来たのに残念。時計の台には次のようにあった。

Clock5_2 この蒸気時計はカナダの時計職人であるRaymond Saunders1977年に作ったが、もともと観光客を喜ばせるための芸術作品であった。Saunders設計の蒸気時計は、この他に日本の小樽市、アメリカのインディアナポリスなどにある。小樽市のホームページには、次のように書いてあった。

冬の蒸気時計

 今や「メルヘン交差点」と呼ばれ観光客でにぎわう入船五差路。その一角には、懐古的な英国調ブロンズ製の蒸気時計があります。平成6年、地域のまちづくりグループがカナダ・バンクーバー市のガスタウンにある蒸気時計と同型のものを輸入し、交差点のシンボルとしてこの場所に設置しました。
 氷点下の冬。噴き出す白い蒸気は、辺りの西洋風建築物と相まって、情緒あるたたずまいを見せています。

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2008年12月24日 (水)

ガスタウン(GASTOWN)

Gastown1_4Gastown3_2Clock3_2

   


 ガスタウンはヴァンクーヴァ発祥の地である。
レンガを敷きつめた舗道、クラシックな造りのレストラン、ブティック、アンティークの店など、しゃれた街燈のある街並みで、観光客で賑わっていた。
 
ガスタウンのホームページを見ると、その発祥の話が出ていた。簡単に紹介すると次のようになる。
9月のある日、“ほら吹きジャック”(Gassy Jack Deighton)がやって来た(彼は延々と大ぼらを吹き続けることが好きだったのでこのようなあだ名を付けられた)。彼は1樽のウイスキーを持って岸に上がりながら、大工たちに酒場を建ててくれたら酒を飲ませてやると言った。すると1日で酒場が出来た。かくして“ガスタウン”が生れた」
 彼が持ってきた1樽のウイスキーによって、1日で“Gastown”が生れたとは驚きだ。その名は勿論彼の名“Gassy”からきている。この辺は最初“Gassy's”と呼ばれていた。

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2008年12月22日 (月)

満艦飾の妙な車が・・

CarCar1Car12   16:40 妻をホテルに残し港の方(WATER FRONT)に向って歩いた。ヴァンクーヴァ訪問の目的の一つが、昔訪れたガスタウン(GASTOWN)に行くことであった。例によって地図を片手に歩いていると、歩道(車道?)上に妙な車が止まって、いや置いてあった。メタル製の文字や絵がベタベタ貼ってある。BEYOND BOUNDARIE’SGRADCAUSE AND EFFECT、そして BELEAFなどと書いてある。GLADなら「喜ばしい」ことで、BELIEFなら「信念」だ。いいことがいっぱい書いてあるが、道路上に放置しておいていいものなのか。
Vanc10Vanc11   そんなことを考えながら歩いて行くと、赤い観光バスがやってきた。ここはアメリカではない。バスにはしっかりと6 LANGUAGESと書いてあった。勿論「日の丸」のマークもある。その先に、GATEWAY TO HISTORIC GASTOWNと書いてあるのが目に留まった。ガスタウンはもう直ぐだ。しかし、方向音痴は地図があってもなかなか目的地には近づけない。生憎地図には目的の「蒸気時計(Steam Clock)」が載っていないのだ。
PanpacificPanpacific2 とにかく港に出ることにした。港に出ると、1987年の出張時に泊まったホテルPAN PACIFIC VANCOUVERが直ぐ目の前にあった。眺めのよい素敵なホテルだったことを思い出した。
 港の向こう側が北ヴァンクーヴァ(NORTH VANCOUVER)で、左側には有名なスタンレー・パーク(STANLEY PARK)がある。この公園には針葉樹林があり、高さが100mを超えるものもある。今回は残念ながら訪問できなかった。

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2008年12月21日 (日)

Pacific Centre(ショッピング・センター)

Vanc6 Vanc7 13:30 折角なのでと二人でショッピング・センター(Pacific Centre)を歩く。地下から1F2Fへと上がると渡り廊下がある。写真は、その渡り廊下から撮ったものである。ヴァンクーヴァの街はどこも綺麗だ。
14:30 ホテルで昼食。サンドイッチ、スープ、ケーキ、ビール他。食事をしながら窓の下に見えるショッピング・センター出入口の人々の動きを楽しんだ。
Hotel11Hotel12Mall1





Mall2Mall3Mall4 

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2008年12月17日 (水)

窓外に見るマナー

2007816日(木) ヴァンクーヴァ 晴れ
6:30 起床。妻の調子が少しましになったようだ。
Hotel8Hotel4  8:00 朝食。2階の窓側の席で、明るくて気持がいいレストランだ。料理もうまかった。今日は日本人の観光客が多いようだ。
 窓から下を見ると次々と人々が行き交っていた。Pacific Centreへの入口になっているのだ。コーヒースタンドもあり、飲みながら歩いている若いカップルもいた。
 大きなガラス戸があるが、出たり入ったりするのにドアを開けたり閉めたりしなければならない。見ていると出入りする人のためにドアを押さえている人もいるが、最近の日本のように前から来る人、後に続いてくる人のことには目もくれずに通り過ぎる人も見かけた。日本では今や“自動ドア”が当り前になってしまった。この結果、他人を思い遣る心が無くなってしまったようだ。「傾げ傘」を見ることも無くなったが。
 それは兎も角、を休ませたまま1時間ほど近くを散策する。
Vanc1Vanc2Fairmont_hotel_vancouver




 直ぐ近くに
Vancouver Art Galleryがあった。正面に“MONET TO DALI”と書かれた大きなポスターが出ていた。GalleryとあるがMuseumであり、かつては裁判所であった大きな建物に入っている。その近くにいわくありげな建物があったが、後から調べてみたらホテル(Fairmont Hotel Vancouver)であった(写真右)。

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Four Seasons Hotel Vancouver

15:40 FOUR SEASONS HOTEL(フォーシーズンズ ホテル ヴァンクーヴァ)チェックイン。
Hotel 旅行書には「国際的な商業、豊かな自然と文化の中心に位置するコスモポリタンなFour Seasonsは、200軒の高級店舗が集まるPacific Centreの高層階にあり、バンクーバーの最高級レストランとして名高いレストランChartwellもお楽しみいただけます。ダウンタウンの中心に位置するホテル。地下で直結しているパシフィック センターには200を超える店舗、サービス施設などがある」と紹介されていた。
Hotel6Hotel7  期待していたホテルだが、ガーデン・テラス・レストランやラウンジが改装工事に入ったばかりで閉鎖されていた。がっかりだ。事前の調査不足であった。写真はホテルに入った所で、東洋的なタペストリーが掛かっていた。
 妻が悪寒を感じ出した。ニューヨークからの機内が冷え過ぎていたようだ。風邪気味なのでベッドで休む。二人だけの海外旅行では健康に一番気をつけなければならない。
 一人でホテルの下のショッピング・モール(Pacific Centre)視察。なかなか奇麗な商店街だ。
19:30 ホテルのルームサービスを頼む。
 電話でのやり取りの中で食べる人は何人かと聞かれたが、妻の具合が悪いので一人であると答えておいた。背の高い若い女性が運んで来たが、注文に苦労したスープも思い通りのOnion Soupであった。Hamburgerには注文どおりFrench Fryが付いていた。もちろんビールと水も。美味であった。

21:30 就寝

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2008年12月16日 (火)

可愛い女の子(男の子だって!)

13:57 ヴァンクーヴァ空港に着陸、晴れ。カルガリーとの時差は1時間である。
 降りる準備をしていたら、カルガリーから乗ってきた若いママが赤ちゃんを抱きながら荷物の整理をしていた。妻が赤ちゃんを抱いてあげようかと手を出したら、その子が両手を出して妻に抱かれようとした。ママもニコニコしながら赤ちゃんを差し出した。人懐こい何とも可愛い女の子だ。
Baby1Baby2



 P.S. これを見た妻が「男の子よっ」だって。shock

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ロッキー山脈を横断して飛ぶ

Calgary_3Calgary3_2Calgary4




  13:10
出発の予定が遅れている。アナウンスは一切なし。やむを得ずラウンジで休みながら案内を待つ。綺麗で清潔なラウンジであった。
13:50 40分遅れでカルガリー空港を離陸。ヴァンクーヴァまでは1時間25分のフライトである。上の写真(右)は離陸直後のカルガリー(Calgary)の街である。その後雄大なロッキー山脈(Rocky Mountain)を越えてヴァンクーヴァ(Vancouver)を目指す。何度かロッキー山脈を越えたことがあるが、ほとんどが雲海の上であった。今回はどうか。
Calgary6Rocky1Rocky2   





 午後
2時過ぎ、眼下に壮大な山脈が見えてきた。ロッキー山脈だ。こんなにはっきり見えるとは、何と運のいいことか。30分後にはヴァンクーヴァ側に出た。ロッキーは、丁度カルガリーとヴァンクーヴァの間を横切っているのだ。
 窓外の思わぬ贈り物に目を奪われ、暫し見とれていたが、ディジタルカメラをMovieにして撮った。いい記念になった。

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2008年12月14日 (日)

ニューヨーク→カルガリー

2007815日(水)ニューヨークJFK空港からカルガリーへ
 ニューヨークのホテルから空港までは時間が心配だったのと移動時の安全のため、ホテル・リムジンを頼んでJFK空港へ行った。$84と高かったが、道中の不安がなく快適であった。スターアライアンスでの世界一周飛行は太平洋と大西洋の両方を横断しなければならないという制約がある。ヨーロッパから北米に行く予定ではあったが、アメリカをどうするかずい分迷った。夏のフロリダもいいが、ハリケーンが心配であった。訪問候補都市としてボストン、デンバー、サンフランシスコ、ロサンゼルスなどがあったが、周りの声に負けてニューヨークに決めた。カナダには是非行きたかったので、都合のいいフライトを探すのに苦労した。結局カルガリー経由でヴァンクーヴァへ行くことにした。そのためJFK空港からの早朝の便に乗ることになった。
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 ニューヨークからカルガリーまでは5時間20分のフライトである。眼下にアメリカ大陸が広がる。延々と畑が続く。流石に広いものだ。

Fl2Fl3Fl4



   

11:35 (NY時間 13:35) 25分遅れでカルガリー空港着陸。ニューヨークとの時差は2時間である。カナダ入国、税関通過。荷物を一旦受け取って、今度は国内線でヴァンクーヴァへ向う。

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2008年12月11日 (木)

ニューヨークを発つ朝

2007815日(水) ニューヨーク→ バンクーヴァー

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Kitano11 3:30 起床

4:50 KITANO HOTELをチェックアウト。


Kitano_hotel5

頼んであったリムジンでニューヨーク(JFK)空港へ行く。

5:30 エア・カナダAC0585便、チェックイン。

相変わらず手荷物検査が厳しい。靴まで脱がされた。

6:00 ユナイテッド(UNITED)のラウンジで軽食を食べる。

7:20 搭乗

8:16 離陸

JfkJfk2Jfk3






 駆け足だったニューヨークともお別れだ。ニューヨークは昔に比べずいぶん綺麗な街になった。地下鉄には乗らなかったが、昔ほど危険ではなくなったそうだ。トップ(市長)の力と住民の力がうまく噛み合えば街もよくなる例だ。






 

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2008年12月 9日 (火)

タイムズ・スクェア(Times Square)

Esb2  しばらくタイムズ・スクェア(Times Square)をブラブラ歩く。その後バスに乗り、ブロードウェイ(Broadway)を通ってエンパイアー・ステート・ビルに向った。途中マーシーズ(Macy’s)の前を通った。エンパイアー・ステート・ビルに上ろうとしたが、エレベータ前は大混雑で、とくに中国人が多くて騒々しかった。諦めてホテルに戻ることにした。

Kitano_hotel7

17:00 KITANO HOTELに戻り、アイスクリームとビールで一休み
19:00 夕食は「白梅」で日本食を食べることにした。蕎麦やうどんもあるが、「いいちこ(麦焼酎)」まであった。

 

 明日は早起きだ。部屋から見る夜のエンパイアー・ステート・ビルが綺麗だった。

21:00 就寝

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2008年12月 6日 (土)

シェラトン・マンハッタン

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Sheraton5






 またまたバスに乗り、シェラトン・ホテル(SHERATON HOTEL)前で下車した。シェラトン・ホテルに行こうとしたら、シェラトン・マンハッタン(Sheraton Manhattan at Times Square)があった。このホテルのレストランで昼食をとることにした。
  窓際の明るい席に案内された。貴重品の入ったバッグを窓際の床に置く。スープ、ハンバーガー、ビールなどを楽しんでいたが、ふと窓の外の歩道を歩く人々の空気がおかしいことに気がついた。何と窓がなかったのだ。天気がよかったので、大きな窓が開けられていたようだ。急いでバッグを隣の空いた椅子に移した。

 

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2008年12月 4日 (木)

セントラル・パーク(CENTRAL PARK)

Tour71Tour70Centralpark1_2




 バスは
Whitehall StreetSouth Street SeaportLower EastsideEast Villageを過ぎ、 United Nations(ニューヨーク国連本部)の前を通った。
 国連本部前を過ぎ、EAST RIVER沿いを進む。
 ロックフェラー・センター(Rockefeller Center)で食事をしようと、しばらくブラブラ歩く。なかなかよさそうな所が見つからない。仕方がないのでセントラル・パーク(CENTRAL PARK)まで行き、PARK HOTELで食事をしようとしたが、生憎改装中で閉まっていた。
 有名なセントラル・パークは大きいが、風情を感じることは出来なかった。

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ワールド・トレード・センター・サイト(World Trade Center Site)

 続いてUnion Squareのショッピング街、Greenwich VillageSOHOChinatownLittle ItalyCity Hallを巡って進んだ。

Tour65Tour67John_watts






 やがて破壊されたワールド・トレード・センター・ビル(World Trade Center Site)の近くを通り過ぎた。あの忌まわしい9.11同時多発テロの惨劇が頭をよぎる。自ら頭が下がる。跡地に新しいビルが建っている。
 ブロードウェイ(Broadway)とウオール街(Wall Street)の交叉点近くにトリニティ教会(Trinity Church)がある。1697年に設立されたアメリカ最古の英国国教会の教区教会である。9.11テロによるワールド・トレード・センター・ビル倒壊の被害から奇跡的に免れた。その教会墓地にジョン・ワッツ(John Watts, 1749–1836)の銅像が建っている。彼はニューヨーク市出身のアメリカの法律家・政治家である。また、アメリカ合衆国下院(United States House of RepresentativesLower House)の議員でもあった。

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2008年12月 3日 (水)

市内循環観光バスに見る独善的なアメリカ

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11:00 ホテルを出て、エンパイヤーステートビル(Empire State Building)の前から観光バス(Down Town Loop)に乗る。($39 x 2
 満席のバスは先ずFlatiron Buildingの前を通った。このビルは1902年に建てられたニューヨークで最も高いビルの一つだ。バスガイドは、高いビルの前を通る度に、このビルの高さは何メートルでいつ建てられたかと自慢げにまくし立てる。歴史の浅いアメリカの自慢がビルだ。写真はエンパイヤー・ステート・ビルである。
 アメリカは独善的(self-righteous)な国だ。例えば観光バスに多国語での案内(イヤホンによる日本語のガイドなど)がない。ガイドが英語で自画自賛の言Tour64 葉をまくし立てるだけだ。全ての観光客は英語が分るべきだと信じているのか、観光客を無視しているかのどっちかだ。今更ながらにあきれ返った。観光客を大事にするヨーロッパと大きな差異を感じさせられた。下図の緑色の路線がDown Town Loopである。
Downtown_loop006

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2008年12月 2日 (火)

グランド・セントラル・ステーション

Gcs1

9:30 朝食後、グランド・セントラル・ステーション(Grand Central Station(Terminal)を見に行った。駅の上に見える高い近代的なビルは、MetLife(Metropolitan Life Insurance Company)である。 駅の内部も重厚である。それにしても、でかい。
 1969年出張時に、ここから汽車でハドソン川に沿ってホワイトプレーン(White Plane)に行ったことがある。40年も前のことが懐かしく思い出される。この時泊まったコモドール・ホテル(Hotel Commodore) の地下からこの駅へ行った。 

Gcs4Gcs3

Gcs2

 




 その
Hotel Commodoreは無くなっていた。後から分ったことだが、Hotel  Commodoreの跡に、1987CG(Computer Graphics)調査の出張時に泊まったグランド・ハイアット(GRAND HYATT NEW YORK) が建てられたのだ。

Commodore 左の写真は、196911月に泊まった時のHotel Commodoreである。右側に止まっているのは、若い女性が乗った馬車のようだ。今回のニューヨークでは馬車は見なかった。

それにしても今朝のニューヨークは暑い。ホテルに戻り、コンシェルジュ(concierge)に市内を巡る観光バスの乗り方などを聞く。

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ホテルのレストランに面白い絵が。

2007814日(火) ニューヨーク 快晴

6:00 起床。日本のテレビが見られる。NHKのニュースで、日本も猛暑に見舞われていると報じていた。
Ny03Ny04Kitano_hotel4




 朝食前にパーク・アヴェニュー(Park Ave.)やマディソン・アヴェニュー(Madison Ave.)などホテルの周りの道を一周した。
8:30 朝食(日本食)は比較的良かった。レストランの壁に面白い絵が掛けられていた。よく見ると中央上部の時計が日の丸になっている。

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2008年11月29日 (土)

NEW YORK KITANO HOTEL

NEW YORK KITANO HOTEL ☆☆☆☆☆☆

Kitano_hotelKitano_hotel1 ミッドタウンサウスにあり、ビジネス、観光どちらにも便利。グランドセントラル駅から徒歩3分の日系ラグジュアリーホテルである。日本人スタッフが数名常駐しているので心強い。

18:30 ホテル内の「なだ万」でカツ重、稲庭うどんなどを食べる。予想外にうまかった。流石に日本人のホテルだ。

 写真はホテルの窓から撮ったものである。Ny01エンパイア・ステNy02_2ート・ビルもよく見えた。


22:00 眠い!

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ニューヨークの白タク

12:33 10分遅れでニューヨークJFK空港に着陸。晴れ。

13:30 Immigration(入国審査)では指紋をとられ、多分顔(眼?)の写真を撮っていた。先日のニュースで、日本の空港でも指紋をとることに決めたといっていた。
 Customs(税関)はスルーだ。荷物を引きながら数人の制服姿の係がいる前を通り、何処へ行けばいいのかと聞いた。「そこだ」というのでその前へ行ったらドアが開き、そこは外であった。我々はチェックの対象にもならないようだ。
14:10 タクシー乗り場を探す。乗り場にはタクシーが見当たらない。そこへ1人の男が近づいてきて「タクシーか」と聞く。
 これまでは見知らぬ人から声を掛けられたら無視するか「No, thank you」で通してきた。これが海外での鉄則だ。それなのに何度も来たニューヨークに着いてホッとしたのか、心に隙が出来たようだ。つい相手の誘いに乗ってしまった。
「お前はラッキーだ。今日はタクシーもバスもストライキ中だ。俺がタクシーを持っているのでついて来い。ホテルはどこか?」
KITANO HOTEL」と言うと、タクシー係の黒人女性と話しながらケイタイで誰かと話している。「KITANO HOTEL」という言葉が聞こえたし、タクシー係も頷いていたので、荷物を持った男の後について駐車場の方へ向かった。エレベータに乗り、降りたところは駐車場であった。おかしいと思い、タクシーはどこかと聞くと「あれだ」と普通の乗用車を指さした。明らかに白タクだ。
「あれはタクシーではない。イエローキャブはどこか」
と問いながら荷物を取り上げ、エレベータに戻った。今度はエレベータの中で別の男から
「バスがある」
と言われ、妻が
「ツアー、ツアーバス」
と言い返した。この一言に救われたようなものだ。
 タクシー乗り場に戻ると、今度は乗り場に列が出来ていた。そこに並び、係に行き先を聞かれたが、マンハッタンならどこでも一律 $452人なら$49)だと教えてくれた。ホテルまでチップ込みで$55を支払った。ニューヨークもずい分良くなったものだ。空港の白タクは何とかならないものか。あのタクシー乗り場にいた明らかにタクシー係である黒人女性はグルなのだろうか。

NEW YORK KITANO HOTEL に無事到着、チェックインした。やれやれ。

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2008年11月27日 (木)

大西洋横断

2007813日(月) フランクフルト→ニューヨーク
LH400(B747)便はイギリスを越え、北大西洋上空に出た。
Worldmap

早速機内食が出てきた。丁度昼時である。それにしても量が多いのにはビックリだ。外国の機内食にしてはなかなかのものである。デザートの何と可愛らしい(小さい)ことか。
Lh01Lh02Lh03




 
機内でアメリカ入国の書類に書き込みをする。持ち込み品のリストと値段の記入が大変だ。フライトアテンダントの世話になった。残ったユーロで買い物をし、コインは寄付(Donation)した。
 アイスランド・レイキャヴィーク (Iceland Reykjavik)の南を通過し、やがて前方北にグリーンランド(Greenland)を見る。

(以下現地時間)

10:00 カナダ・ケベック(QUEBECK)州上空通過。Lh04

12:00 ニューヨーク(NEWYOORK)州上空に入る。眼下には雲海があり、時々雲の隙間から街が見える。

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2008年11月26日 (水)

ヨーロッパを出る朝

とうとうヨーロッパ最後の日を迎えた。フランクフルトともお別れだ。ところで、これまでフランクフルトと書いてきたが、正式にはフランクフルト・アム・マイン (Frankfurt am Main)という。ドイツには、旧・東ドイツの側、ポーランドとの国境近くにもう一つの「フランクフルト」、フランクフルト・アン・デア・オーダー(直訳:オーデル川沿いのフランクフルトFrankfurt an der Oder)があるため、「アム・マイン(マイン川沿の)」を付して、フランクフルト・アム・マイン呼ぶ。(Wikipedia)

2007813日(月) フランクフルト→ニューヨーク
5:30 起床
6:30 ホテルチェックアウト、タクシーで空港へ(24
7:00 LH400便 チェックイン
 ヨーロッパ最後の空港なので、購入したみやげ物が入った荷物にタグを付けたまま税関へ行く。厳しいチェックがあるかと思っていたが、中身を確かめずに押印し荷物をSecurityに通してくれた。
 税関の隣の税金払い戻しカウンターで手続きをする。ここでもあっけなくUSドルを戻してくれた。
Lounge 8:00 ルフトハンザ・ラウンジへ。大混雑であった。
9:00 搭乗開始。何度もSecurity Checkを受ける。ヨーロッパ最後の空港であり、初めて出国印が押された。ヨーロッパはまさに一つの国だ。
9:30 搭乗。素晴らしいシートにほっとした。ニューヨークまでは約8時間のフライトだ。

 フランクフルト空港は航空機の発着が激しく、離陸までに時間が掛かる。Ap10
Ap12Ap13






Ap14 窓から眺めていると、次々と大型機が降りてくる。その合間を縫って離陸の滑走路へと進む。何と降りてきた大型機の前を横切って行くのには恐怖を感じる(写真左)。

10:36 30分遅れで離陸。アムステルダムからイギリス方向へ向っている。間もなく北大西洋横断だ。

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2008年11月22日 (土)

リューデスハイム-Wine Restaurant “ANKER”

 リューデスハイム(Rüdesheim)で船を降りた。待っていたバスで夕食のレストランに向う。船に乗るために通った道をどんどん進む。予定のレストランはアスマンスハウゼンの方にあるのか。
Rhein50 19:00 小さな、わけの分らないレストランに入れられ夕食だ。バスに乗ったとき、夕食の案内があったが、ベジタブルなど定食は料金に含まれているがカツなどは別料金だと言っていた。カツを頼んであったが、まあまあ食べられた(15)。
 奥の席でガイドとドライバーが食事をしていた。店の係が盛んにサービスしていたが、持ちつ持たれつの関係か。あるいは役得か。客から見えないところでこっそりやって欲しいものだ。
Terasse004
Ankerans002 帰国後ネットでこのレストランを探してみた。何と立派なホームページがあった。Wine Restaurant ANKER” Assmannshausen/Rüdesheimという名のレストランだった。上の写真は、そのHPのものである。

20:30 帰路に着く。客を一組ずつホテルに降ろしながら行くので時間が掛かる。ホテルに着いた時は22時半になっていた。明日の朝は早起きだ。


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2008年11月11日 (火)

ライン河下り(その3)-小さな街ロルヒ(Lorch)

17:00~ バスは暫くして小さな街に止まった。バスを降りて、あたりを見て回った。河の水はお世辞にも美しいとは言えないが、流石に河を含めて景色は綺麗だ。道路を越える歩道橋の上から見た対岸は素晴らしかった。
Lorch5_2

町の後の丘の上には「ノッリヒ城址(Ruine Burg Nollig)」がある。Ruineとあるからには廃墟だろう。
Lorch1Lorch7Lorch2




 大増水で岸辺が水に浸かっていた。川辺には美しい花が咲いていた。この街の名前が分からなかったが、
道路沿いの看板に “Auf Wider Sehen  LORCH” とあったので、ロルヒという町だと知った。ロルヒは、ライン河畔の最も古い町の一つである。
Lorch3  一方河を見ると、桟橋にKöln-Düsseldorferと書かれていた。スイス・アルプスから流れてきたライン河は、フランス、ドイツを通ってオランダから北海に流れ込む。この桟橋からケルン(Köln)、デュッセルドルフ(Düsseldorf)方面に向う船が出るようだ。
 帰国後に見た旅行書によると、ライン河の見所はリューデスハイムからローレライまでの間で、ぶどう畑の丘陵に古城が次々と現れてくるライン観光の白眉だそうだ。例のとおり事前の準備はゼロである。撮った写真がどこなのか、旅行書やネットで見つけた写真と比べながらこの日誌を書いている。もう一度旅行をしている気分である。

Lorch4Lorch6折しもロルヒの街を列車が走って行った。どこへ行くのだろうか。デュッセルドルフ? もっと先?
 対岸の村落(街)の後の丘にも古い塔が見えた。ラインディーバッハ(Rheindiebach)の街とフュルステンブルク城(Fürstenberg)である。Die Ruine Fürstenbergとあるから、これも廃墟か。


 

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2008年11月10日 (月)

ライン河下り(その2)-濁った大河

16:19 リューデスハイム(Rüdesheim)に入る。リューデスハイムは観光客の人気が高いライン観光の中心地である。また、ワインの産地でもある。この日も写真のように観光客で溢れていた。
Rhein5 写真で分かるように左側のクルマは線路沿いにライン河の上流方向に走っている。真ん中がわれわれのバスが進む車線である。右端のクルマは駐車しているようだ。
 この先渋滞が予想されるので、予定の所まで行かずに引き返すことになるかも知れないとくぎを刺される。渋滞は既に始まっている。
バスはライン河に沿って下って行くが、リューデスハイムを出てから40分、大渋滞に巻き込まれた。本来ならもっと先に行った所から船に乗るようだが、止むを得ず引き返すことになった。ライン河に沿って引き返すが、反対車線は大渋滞だ。
 車窓から見るライン河の水は汚れている。大洪水があったそうだが、そのせいばかりではないだろう。バスの中で
Rhein7 「ライン河はいつもこんなに汚れているのか」
と聞いてみた。
「いつもこんな色をしているよ」
「ずい分汚いね」
「ダニュブ河は奇麗か? 誰か知らないか?」
と、後の席から
「似たようなものだ。奇麗じゃあないよ」
「そうでしょう。今や揚子江と同じよ」
だって。
 ダニューブ
(英・仏 Danube)と聞こえたが、ドイツ語ならドナウ(Donau)である。
 河の対岸には美しい村落が見える。流石に世界遺産の景色である。

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ライン河下り(1)-マイペースのガイド

2007812日(日)
15:00 ホテルでピックアップと聞いていたが、男性が迎えに来た。何と近くだから俺について来いと言う。数分の歩きで旅行会社へ。
Rhein2Rhein3Rhein_guide



 
15:15 バスで出発。年配の女性ガイドが英語で案内してくれる。バスに乗る時、妻を見ながら
「お前の彼女か」
と聞く。
「いや、ワイフだ」
というと、
「本当か」
と切りかえす。次の男性にも同じことを聞いていた。お愛想のつもりか。
 バスが走り出すと、乗客ひとり一人に質問し始めた。自己紹介をさせられるようなものだ。我々は最前列に坐っていたので、真っ先に喋らされた。後ろの女性二人が
「日本から来た」
と言うと、すかさず
「お前の仲間か?」
と聞かれた。今、初めて会ったというと怪訝な顔をしていた。やがて後ろの方で
「日本から来た」
との男性の声に、
「今日はお前の仲間が多いな」
と笑いを誘っていた。「お前」と書いたが、「あなた」と言うような感じの女性ではないのだから仕方がない。
 このガイドは陽気で元気がいいが、散々喋ったあと1人でリンゴをかじったり、水を飲んだりと行儀が悪い。客はほったらかしだ。
 延々とブドウ畑が続く中で、ドイツのワインは最高だとお国自慢だ。フランスのワインはワインではない、たかだかシャンペンだとも強調していた。
 今夜は素敵なレストランで食事をするが、食事代は旅行代に含まれている。いくつかのオプションがあるが、これらは別料金である。どうするかと一人ひとりに尋ねていた。試しに「カツ」(15)を頼んだ。

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2008年10月31日 (金)

Ratskeller(ラーツケラー)

Ratskeller(ラーツケラー)
Fr22Fr23  
ニコライ教会からパウルス教会(Paulskirche)の方へ向った。左右に古めかしい建物が並んでいた。この辺りには歴史博物館(Historical Museum)など博物館(Museum)が多い。写真はパウルス教会を見ているところである。前方に道路を跨ぐ渡り廊下が見える。
 パウルス教会の前にカフェテラスがあった。よく見ると、Ratskellerとある。ドイツ語辞典を引いてみたら、市役所の地下食堂(酒場)とあった。ネットで調べたら“Ratskeller is a German word meaning a tavern below street level specializing in serving beer.  In Germany, a Ratskeller is a restaurant or tavern in the basement of a city hall.”(Ratskellerは、特にビールを出す地下の酒場を意味するドイツ語である。ドイツでは市庁舎の地下にあるレストランあるいは酒場をいう)と出ていた。

Fr26Fr27Ratskeller




 先に進むと、
Ratskellerの全体像が見えてきた。何と市庁舎と同じ形をしているではないか。中央の塔の形からみて、市庁舎の裏側に違いない。線路のある道路を跨ぐ美しい渡り廊下があるが、市庁舎を繋ぐものだろうか。この渡り廊下の手前、右側にパウルス教会がある。

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2008年10月28日 (火)

旧市庁舎 (Römer)

  2007812日(日) フランクフルト 晴れ

Hotel6  6:30 起床。窓の外はまるで夕焼けのようであった。写真は629分に撮った日の出である。
8:00 朝食後、ホテルのコンシェルジュに、午後のライン河下り(実は上り)半日コースを申し込んでもらう。(69 x 2

Fr15 10:00
 マイン河沿いに旧市街、レーマーベルク広場まで歩く。歩いていたら可愛い少女像が目に留まった。少女の右手の中にあるものは何だろう。


 間もなくレーマーベルク広場
(Römerberg、ローマ人の丘)に着いた。Römerは古代ローマ人を意味する。フランクフルトが古代ローマ人に支配されていた名残であろう。 Fr16 Fr17 Fr18





 旧市庁舎
(Römer)は、今も一部市庁舎として使われているようだ。広場を挟んで反対側に木組みの建物がある。15世紀(後期ルネッサンス様式)の貴族の館だったそうだ。その後方に大聖堂の塔が見える。
 Fr19 Romer2  
Romer3




 木組みの家の右側にはニコライ教会(Alte Nikolaikirche)がある。美しい塔だが、逆光になってしまった。

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2008年10月24日 (金)

フランクフルト中央駅 (Hauptbahnhof)

17:00 中央駅(Hauptbahnhof) へ。どこの駅も、人間模様の観察が楽しい。 Fr6 Fr7 Fr8






 華やかな若い女性たちが目に留まった。黒い衣装に赤い角を生やしている。一人だけ白い服を着た女性がいる。花嫁さんなのかなぁ。その花嫁さんを囲んで、悪いやつから守ってやっていたりして。訊いてみればよかった。
Fr12Fr10Fr11   




 駅の構内で絵葉書、切手、ビール、コ
ーラとカップ麺を買う。ホテルに向ってぶらぶら歩いていたら、日本の若い女性が1人、2人と駅から出てきた。キャリーバッグを引きながら、駅の近くのホテルに行くようだ。
 夕食はカップ麺と日本から持ってきた携帯ごはんで済ませた。

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2008年10月21日 (火)

シュタイゲンベルガー・フランクフルター・ホーフ

STEIGENBERGER FRANKFURTER HOF Steigenberger3_2  Steigenberger4_2

Steigenb3  14:00 昼食の時間でもあり、三越の店員さんから目の前に日本料理のお店があると聞いて行ってみた。なるほど「いろは(IROHA)」というのがあったが、生憎お休みだった。このお店はホテルのレストランであった。

Stei2

Steigenberger1_2

Steigenberger2_2

 そのホテルに入ってみた。シュタイゲンベルガー・フランクフルター・ホーフ(STEIGENBERGER FRANKFURTER HOF)といい、豪華なホテルだ。そこでサンドイッチとフランクフルトソーセージなどを食べる
 一番上の写真はホテルの入口だが正面玄関ではない。そのことに気がついたのは翌日である。
 帰国後調べてみたら、このホテルは市の中心部に位置し、ルネサンス様式のファサードを持つ格調高いホテルとあった。レーマーベルクを中心とする旧市街や、ゲーテハウス、マイン河などにも近く、ショッピングにも便利である。三越で買い物を楽しんだ後、ここでお茶をするのもいい。

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フランクフルト三越

2007.8.11(土) フランクフルト 晴れ/曇り
6:00 目覚める。
7:00 起床
9:00 朝食。レストランのメニューは豊富である。
Hotel3_2  9:40 ホテル売店に行ったら日本人従業員(福島・郡山出身の女性、夫がドイツ人)がいた。妻以外との久し振りの日本語での会話である。今回の世界一周旅行の経緯をお話したところ、エッセーをコピーさせて欲しいと頼まれた。ここでもエッセーが活躍した。
Ferragamoのサスペンダー(made in Italy)が一つだけあったので、友人の土産に購入した
Fr1_2  12:00 ホテルを出て、マイン河(MAIN)沿いに歩く。いつも「川」か「河」かで迷ってしまう。地図や旅行書も、まちまちである。ドイツ語の辞書を引いてみたら「マイン河」「ライン河」とあった。
Fr2_2 ウンターマイン橋(Untermain Brücke)に出る。この橋を渡ると、民族博物館、ドイツ映画博物館やドイツ建築博物館などが並んでいる。橋を右手に見 ながら左に折れる。ホテルを出てから15分で「三越」に着いた。



Mitsukosi1_2 三越では土産として定番のヘンケルの包丁やはさみ、ファイラーのハンドタオルを購入した。 

また、電気店でMemory Card 1GB2(60)買った。

 工事中のゲーテ広場を左に見ながら進むとドイツ屈指の大型デパート「カウフホーフ(Galeria Kaufhof)が見えてきた改装中なのか工事中であり、入るのは諦めた。

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2008年10月14日 (火)

ホテルINTERCONTINENTAL FRANKFURT

ホテルINTERCONTINENTAL FRANKFURT
16:00 ホテルにチェックイン。晴れ
INTERCONTINENTAL FRANKFURTHotel Hotel1
 
このホテルはマイン川の側にあり、旧市街へは徒歩圏内である。設備の整った、中央駅に近い便利なロケーションに建つモダンな高層ホテルである。
 私たちの部屋は新館の19階で、窓から見ると正面にホテルの旧館、左手にマイン川が見える。初めライン川かと思った。その向うに旧市街も見える。
19:30 妻の胃腸が悪いのでルームサービスを頼む。メニューを見ながらメモを書いた。
オーダー時のメモ:
Room 1962
vegetable soupno chicken

onion gratin

hamburger

1/2 International Club-sandwich
Hotel2
 電話で悪戦苦闘した結果、オニオンスープとハンバーガー(フレンチフライ付)、ビールと水を頼む。何を持ってくるか心配だったが、注文通りのものをボーイ二人が大きなテーブルで運んできた。
 熱いオニオンスープとフレンチフライで体調も少し回復したようだ。
 夜、にわか雨で雷も。明日の天気が心配だ。
11:00 就寝

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フランクフルト到着

2007810日(金) バルセロナ→フランクフルト 

13:23 続々と降りてくる滑走路からの離陸に驚いた。

30分経った頃、地中海の美しい海岸が見えてきた。MARSEILLE(マルセイユ)の街が奇麗だ。  Fl1Fl3
 雪に覆われた、多分スイスの山々を左に見ながら飛び続ける。何度アルプスを越えたことだろう。これまでの飛行ではあまり雲がなく、眼下の景色を堪能できている。夏のヨーロッパはいつもこうなのだろうか。
 Fl4 Fl5 Fl8





15:12 フランクフルト空港に着陸。何度目だろうか。晴れたり曇ったり。空港内をバスで移動。
15:30 荷物は二つとも直ぐ出てきた。
Ap1Ap2Ap3_2




 タクシーでホテルINTERCONTINENTALへ(28)。 

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2008年10月13日 (月)

フランクフルト行きエアバスは満席

2007810日(金) バルセロナ→フランクフルト
6:30 起床 晴れ
 周りがやかましく目が覚めた。昨夜もうるさかった。どんな客を泊めているのか。
8:30 朝食
9:40 ホテル、チェックアウト
9:50 タクシーで空港へ(25
10:30 チェックイン。Barcelona(12:50)Frankfurt(15:00)LH4453便で、2時間10分のフライトである。
Lounge3Lounge2Airport




  11:10 SPAN AIRLOUNGEを探す。何人かに尋ねたが、スペイン人は概して不親切だ。やっと見つけたラウンジは、小さいが落ち着けるラウンジであった。
12:30 搭乗開始。Airbus(A300-600)は、でかい。ビジネスクラスは満席であった。大柄なスポーツ選手らしき若者が大勢いた。

窓の外を見ていると、続々と飛行機が降下してくる。その間を縫って進んで行くようでちょっと怖い。

13:23  30分遅れで離陸。

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2008年10月 9日 (木)

「赤ルート」でティビダボの丘へ

[4]サグラダ・ファミリアを出た赤いバスは、グエル公園に向った。
[5]グエル公園(Parc Güell):ガウディ設計の公園都市
[6]ティビダボ(Tibidabo):ここから路面電車とフニクラ(ケーブルカー)を乗り継いで、ティBarcelona50ビダボの丘の上にあるティビダボ遊園地(Parc d’Atraccions del Tibidabo)に行ける。この近くを走っている時、美しい建物を見た。「ROTONDA」の文字が見える。「ロトンダ塔」とでも呼ぶのだろうか。

[7]
ペドラルベス修道院(Monestir de Pedralbes)14世紀に建てられたゴシック様式の修道院。

Barcelona52Barcelona53 その後バスは、ペドラルベス宮殿の近くにある「グエル別邸
(Finca Guell)の前を通った。(写真左)
[8]パラウ・レイアール(Palau Reial):美しい庭園の奥にペドラルベス宮殿(Palau Reial de Pedralbesがある。バスはその入口の前を通った(写真右)。現在は陶器博物館(Museu de Ceràmica)と装飾美術館(Museu de les Arts Decoratives)として使われている。

Barcelona51Barcelona54[9]カンプ・ノウ・スタジアム(Estadi Camp Nou):地元の人気サッカーチー ム、バルセロナの本拠地。


[10]フランセスク・マシア広場(Francesc Maciò Diagonal):「青ルートバス」への乗り換え地点である。
 フランセスク・マシア広場は、バルセロナの街を東西に貫くディアゴナル通り(Avinguda Diagonal)のほぼ中間に位置している。ここで青いバスに乗り換えたが、この時もバスで貰った地図を見せながら「中央駅」に行くかと聞くと「イエス」と言って乗せてくれた。
Hotel617:30 ホテル着
19:30 コーヒーハウスで夕食。相変わらずサンドイッチとフレンチフライだ。明日は、いよいよヨーロッパ最後の都市フランクフルトだ。

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海外旅行での鉄則

 海外旅行では安全への配慮を忘れてはならない。特に日本人、それも年配者は狙われやすいから要注意だ。今回は夫婦だけの旅であり十分に気をつけていたつもりだが、分かっていても狙われる。敵も然る者、つい引っかかる日本人は多い。鉄則の第一は、知らない人から声を掛けられたら無視することだ。少なくとも用心しなければいけない。 Sfamilia14 Sfamilia15
 その手口は今回のように地図を大きく広げてくる、物を落として拾わせる、道を聞く、アイスクリームを服につける、列に並んで仲間と喋っていると上品な女性が話しかけてくる等々見たり聞いたりした話だけでもこんなにある。
 興奮冷めやらないまま「赤ルート」バスに乗り込んだが、あれだけ気をつけていたのに何故?との思いが抜けない。

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2008年10月 1日 (水)

リュックに白い手が・・・スリだっ!!

 壮大な建物に圧倒され、暫く眺めていた。そろそろホテルへ戻ろうとしてバス停に向ったが、何とバスのチケットを紛失していることに気がつく。ホテルまでは途中で乗り換えねばならず、改めて買うのも馬鹿馬鹿しい。タクシーの方がましかもしれない。
 とに角バス待ちの列に並ぶことにした。落着かない様子が出ていたのか、この時スリのターゲットになったようだ。あるいはもっと前から狙われていたのかもしれない。その手口はこうだ。
Sfamilia13 列の直ぐ後にいたどこの国か分らない女が地図を大きく広げ、何か聞いてきた。何で不自然な広げ方をするのだろうと訝ったが、「右肩に背負ったリュックの上に被せるため」だったと後から気が付いた。
 妻は「ピカソ」と言っているよと言う。確かにバルセロナには「ピカソ美術館」がある。何語かも分らなかったので、英語で「何を言っているのか分らない」と言うと、何やら「いいのよ」という素振りで微笑んでいる。妻が “Sorry” と笑みを送っている。列が進みだした時、リュックのチャックが少し開いているのに気がついた。おかしいなと思いながら締め直し、さっきの女の質問が気になり確認しようと振り返った時、今度はチャックが大きく開いているのに気が付いた。締め直そうとリュックを前に持ってきたら女の手が入っていた。思わず「スリだっ」と日本語で叫んだが、女は盛んに何かわめいていた。隣に別の女がいた。慌てて妻のバッグを見たらチャックが半分開いていて、中の財布が見えていた。
 妻はバッグを首から下げ、身体の前になるようにしていたが、地図を覗き込んだりしている時に隙が出来、隣りの女がバッグのチャックを開け ていたのだろう。明らかに二人組みのスリだ。危ない、危ない。もし、もう一度聞きなおして上げようという気にならなかったら、スリの持ち時間が増え、やられていたかも知れない。善は身を助く?

妻に二人組みのスリだと言いながらバスに乗ると、ガイドに日本語で「二階は満席だ」と言われ、「じゃあ下でいいです」と言って1階の席に坐った。幸いなことに切符を見せろとは言われなかった。やれやれ。それにしてもバスのチケットは、どこで、どのようにして無くなったのだろうか。

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2008年9月29日 (月)

カサ・ミラ(Casa Milà) とアイスクリーム

Barcelona44_2  バスは、循環バス「青・赤ルート」の始発点カタルーニャ広場(Plaça de Catalunya)に着いた。イヤホンで日本語の案内も聞けるし、天候にも恵まれ素晴らしい景色も満喫できる。この時は、後で恐ろしい目にあうとは思いもしなかった。
 14:15 グラシア通り(Passeig de Gràcia) で下車。ガウディの代表的な作品の一つである「カサ・ミラ(Casa Milà) La PerreraEspar Gaudiの前である。カサ・ミラはLa Perreraとも呼ばれるが、昔の人がこの建物を嫌って「La Perrera(石切り場)」と言ったそうだ。集合住宅(アパートメントハウス)であるが、1階は店舗が入っている。
FarggiFarrgi2Farrgi4




そろそろトイレタイムだ。トイレに入るなら、ホテルかレストランがいい。カサ・ミラの側で小奇麗なアイスクリームのお店 Farrgi5Farrgi3“Farggi”(ファルッジと読むのか?)を見つけ、ケーキとアイスクリームを食べる。
 なかなかの味であった。隣席の少女が私たち異国人を見て、気になって仕方がない様子が可愛かった。
Barcelona46Barcelona45 “Farggi” を出てカサ・ミラの前から今日の主目的である”Sagrada Familia”へ行くためのバスに乗る。今度は「赤ルート」のバスである。”Sagrada Familia” には、1926年死去のGaudiが眠っている。

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2008年9月27日 (土)

バルセロナ(3日目)

200789日(木) バルセロナ 快晴
8:00 起床  9:30 朝食。

Hotel6Barcelona36  ガイドブックは重いし荷物がかさ張るので、持っていかなかった。頼りは昨日バスの券を買ったときに貰った地図であるが、スペイン語では想像力・推理力を働かせないといけない。ANAに貰った宿泊ホテル近辺の日本語の簡易地図と見比べながら今日の予定を立てる。
 ところで、スペインの公用語はカスティーリャ語(Castellano)だが、カタルーニャ地方ではカタルーニャ語(Catalá)とのこと。いずれにしろ言葉も文字もチンプンカンプンである。
12:00 TOURIST(青いバス)で再び市内巡り。昨日と同じルートを進んでいく。 Barcelona37  Barcelona38

 写真()スペイン村(Poble Espanyol)の入口。スペイン村は1929年、万博の際に全国各地の建物を一挙に披露するために造られた。

 右の写真はミロ美術館(Fundació Joan Miró)。モンジュイックの丘の上にある。1975年開館。

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2008年9月26日 (金)

バルセロナの一日が終わった。

 既に夕方なので、グラシア通りで「青ルート」のバスに乗った。バスはビジネス街の
[4]  フランセスク・マシア広場(Plaça de Francesc Macià)
を通って、今朝の出発点である [5]サンツ駅 に到着した。
Hotel5 17:00 ホテルに戻る。コーヒーショップでアイスクリームとヨーグルトで一休み。
 朝ホテルを出たとき、「Don’t Disturb」のカードを掛けたままになっていた。急いで「Tidy The Room」を依頼する。その間、駅で絵葉書や切手を買う。
21:00 遅い昼食を食べたので、夕食はコーヒーショップでサンドイッチなどをとる。山盛りのフレンチフライにはびっくりした。
23:30 就寝

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2008年9月25日 (木)

偶然入ったレストラン「シトゥルス(CITRUS)」

[3]  グラシア通り(Passeig de Gràcia)バルセロナ随一のショッピングストリートで、芸術的建物と見事に融合した街でもある。例えば王室御用達の高級皮革ブランド「ロエベ(Loewe)は、Gaudi4 カサ・リェオ・モレラ(Casa Lleó Morera)といい、モデルニスモの建築家ドメネク・イ・モンタネール(Lluis Domenech i Montaner [1850-1923])によるモデルニモスの建物として有名である。
また、写真の街灯はガウディのデザインだ。

そろそろ休憩の時間だ。まあまあのレストランを見つけ入る。食欲よりトイレBarcelona34Barcelona35タイムとしての意味が大きかった。しかし、レストランは日本語のメニューもあり、雰囲気も良かった。レストランの名前はシトゥルスCITRUSとあった。

 帰国後ネットで調べてみたら、かなり名の通ったレストランのようだった。「ぐるなび海外版」によると「シトゥルス」は、多くのレストランが並ぶ一角で、窓一面が巨大なガラス張りになっていることで目をひくレストラン。見晴らしがよく、グラシア大通りを眺めながら食事を楽しめるということで人気を呼んでいます”とのことである「レストラン・シトゥルス」は、カタルーニャ料理で有名らしい。

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2008年9月23日 (火)

カタルーニャ広場(Plaça de Catalunya)

[1]  カタルーニャ広場(Plaça de Catalunya):循環バス「青・赤ルート」の始発点である。

 カタルーニャ広場を出た後、バスはグラシア通りを進んで行く。やがて左方に古めかしい建物が見えてきた。塔の上に鳥と人の姿が見える。何の建物だろうか。どなたかご存知の方、教えてください。
 暫くの間、バスは赤ルートバスとグラシア通りを並行して進む。 Barcelona23 Barcelona24 Barcelona26

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2008年9月21日 (日)

建築の見事なゴシック地区(Barri Gòtic)

Barcelona18 バスは港から旧市街地へ向う。
[16] ポルト・ベイ(Port Vell):おしゃれなベイエリア
[17] カタルーニャ歴史博物館(Museu d’ Història de Catalunya):バルセロナ港に面したレンガ造りの倉庫を改装して1996年に開館した。
[18] オリンピック港(Port Olimpic)
[19] シウタデリャ公園(Parc de la Ciutadella):緑に包まれたバルセロナ市民の憩いの場。公園内には動物博物館、地質学博物館、近代美術館がある。
[20] パラウ広場(Pla de Palau):中世に海洋貿易で栄えたリベラ地区への入口。ピカソ美術館が近い
[21] ゴシック地区(Barri Gòtic):旧市街の中心となる地域。カテドラルなどがある。 Barcelona19 Barcelona20 Barcelona21

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コロンブスの塔

バスは港に向って進んでいく。
[11] ミロ美術館(Fundació Joan Miró) 1975年開館。モンジュイックの丘に建つ。ジョアン・ミロJoan Miró, 1893.4.20 – 1983.12.25日)は20世紀のスペインの画家。カタルーニャ地方出身である。
[12] ゴンドラ乗り場:モンジュイック城へ上るゴンドラ乗り場とフニクラ(ケーブルカー)の駅がある。
[13] ロープウェイ乗り場:海の上を横断するロープウェイ
[14] ワールドトレードセンター(World Trade Center, Torre de Jaume I)
[15] コロンブスの塔(Monument a Colom)ンブラス通りの終点に立っている。1888年バルセロナ初の世界万博開催の年に完成した。高さ60mの塔の頂上で、コロンブスが右手で海を指している。 Barcelona13 Barcelona14 Barcelona15

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2008年9月20日 (土)

カタルーニャ美術館とオリンピック・スタジアム

Barcelona9[7]カイシャ・フォーラム(Caixa Forum) : 紡績工場として建てられたモデルニスモ建築のカイシャ・フォーラム。
[8] スペイン村(Poble Espanyol)スペイン各地の町並みを再現。
1400
[9] カタルーニャ美術館(Museu Nacional d’ Art de Catalunya)ロマネスク美術の殿堂。 Barcelona8
Barcelona10_2

[10]オリンピック・スタジアム(Estadi Olimpic)1992年のバルセロナ・オリンピック会場。このオリンピックの競泳女子200m平泳ぎで岩崎恭子金メダルを獲得した。記録は22665(当時の五輪新記録)。競泳女子200m平泳ぎでの金メダルは、1936年ベルリンオリンピックの前畑秀子以来、56年ぶり史上2人目の日本人金メダルとなった。また、当時の競泳では史上最年少(146日)の金メダル(現在も競泳最年少記録)で、日本選手としての五輪メダル獲得最年少記録でもあった。[Wikipedia] Barcelona11 Barcelona12

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バルセロナの市内循環バス

 雨が止み日が差してきたので、ホテルを出て目の前のバス停からツーリストバスBARCELONA BUS TURISTICに乗る(1232日間乗り放題)。ここから乗れるのは「青ルート」である。 Barcelona4 Barcelona5
【青ルート】は半時計方向に次の地点を通る。[n]は始発バス停からの番号。
[5]サンツ駅(バルセロナ最大の国鉄駅)
13:30出発。モンジュイック(Montjuic)の丘に向う。以下、車窓からの撮影である。
[6]スペイン広場(Plaça d’ Espanya )
Barcelona7 Barcelona72  写真(右)の後方に見えるのはラス・アレナス闘牛場(Plaça de Toros les Arenes)である。スペイン広場は見本市会場への入口でもある。

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2008年9月17日 (水)

サンツ駅構内

200788日(水) バルセロナ 小雨のち晴れ
Hotel38:00 起床。二人とも疲れて爆睡だ。
9:30 朝食。

 その後地下のサンツ駅を散歩。自販機がいかめしい。キャンディショップなど楽しいお店も並んでいた。駅の外は工事で雑然としていた。
Barcelona1
Barcelona2Barcelona3





  12:00 ホテルのカフェ(コーヒーショップ)でコーヒーとトマトジュースを飲む。

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2008年9月16日 (火)

ホテル・バルセロ・サンツ(Barcelo Sants)

20078月7日(水)コペンハーゲンからバルセロナへ
17:21 バルセロナ空港に着陸。曇り。
18:00 空港のAMERICAN EXPRESS700をキャッシュに換えた後、タクシーでHOTEL BARCELO SANTSへ。(22) Hotel Hotel1 Hotel2





18:30
 ホテルチェックイン。
 バルセロ・サンツ(Barcelo Sants) はアメリカンスタイルのホテルで、バルセロナの玄関口である大きなサンツ(SANTS)の上にある。
 
ホテル前は新幹線建設工事の真っ最中であった。この駅で水やビールを買う。ヨーロッパで初めて自動販売機を見た。帰国後ウイーン空港の写真を見て、コカコーラの自販機が写っていたことは既に述べた。しかし、はっきり意識して見たのはこの中央駅が初めてである。駅の自販機で購入している人もいたが、何となく信頼感がなく利用する気にはならなかった。環境問題、街路の美観からみても、自販機の氾濫はいただけない。
 ホテルのロビーも意外と奇麗だ。禁煙のロビーもパリのフォーシーズンズ以来だ。上の写真は左からホテルの入口への通路、1階のロビー、その上にあるカフェテラスである。
Hotdog

少し疲れたので、コペンハーゲン空港で買ったホットドッグとビールで乾杯だ。

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2008年9月14日 (日)

バルセロナまで2時間半のフライト

14:10 搭乗開始。少し遅れるとの案内あり。
14:50 離陸したが、ビジネスクラスの客は我々二人だけであった。
 食事にチキンが出た。欧米はチキンだらけだ。上等そうだったが、食べる気がしなかった。パンがおいしかった。妻はホテルのレストラン「京都」の所為か胃が痛み、温かいパンを1個食べただけ。ほとんどお眠り。
17:00 雲の中を飛ぶ。何も見えず。多分、フランスかイタリア上空から地中海を下にしてバルセロナへ飛んでいるのだろう。
Copenhagen_barcelona バルセロナまで2時間半のフライトだ。画像は旅程である。

17:21 バルセロナ空港に着陸。曇り

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コペンハーゲン空港

200787(火) コペンハーゲン空港Cop24Cop23 
6:40
 起床。風が強いのか風車が元気に回っている。
9:00 朝食。今日は楽しませてくれたコペンハーゲンとお別れだ。
11:30 ホテルをチェックアウト。タクシーで空港へ。12:00 空港着(DKK180)。
12:30 チェックイン。
13:00 ラウンジで休憩。素晴らしいラウンジだが、搭乗GATEA21まで歩いて1520分は掛かると言う。落ち着く間もなく搭乗GATEへ。歩く、歩く。大きな荷物がなくてよかった。
 100デンマーク・クローネを残し、余った金でホットドッグを2本買う。セブン・イレブンの時と同じように、パンの穴にケチャップなどを入れ、ソーセージをねじ込んでいた。ビデオに撮らなかったのが残念。 Airport1 Airport2 Airport3

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2008年9月13日 (土)

笑えるホットドッグ

 ゆっくり写真を撮っていた時、「早くきてよっ」という妻の声。ビックリして歩いていくと、何とそこは先ほどタクシーに乗った広場ではないか。どうして気がついたのか聞いてみたら、「あの角のセブン・イレブンや、その前のお店に見覚えがあったので、おかしいなと思った」と言う。
 あの時、自分たちのいる広場の場所を地図上で一所懸命探したが、デンマーク語では如何ともし難く、突き止めることが出来なかった。目を上げて一回り見回せばTIVOLIの文字がはっきり見えたに違いない。市庁舎も知っていれば何と言うことはない。事前に調査もせず、ホテルで貰った地図だけが頼りであった。個人旅の落とし穴だ。
                      
Map【コペンハーゲンの地図】
 そのセブン・イレブンでホットドッグを買った。その時の情景が面白い。
「そこの大きなソーセージをくれ」
「ブラットはどうする?」

「いらない」
「ソーセージだけ?」
「ブラットって、何?」
「これよ」とドッグ用のパンを見せる。何だ、ブラットはブレッドか。
「じゃあ、それも頂戴」
「マスタードやケチャップを入れるか?」
「よろしく」
 彼女はパンを握ると、中に穴が開いているようでマスタードなどを詰め込んだ。その後何とソーセージをぐいぐい押し込み始めた。その仕草には笑わされた。ビデオに撮らなかったのが、返す返すも残念である。パンからソーセージの端が飛び出していた。
Cop21  これだけでは食事としては不足なので、
MACでバーガーを買ってホテルまで歩いた。今日もよく歩いたもんだ。
 ホットドッグはホテルで食べたが、なかなかおいしかった。

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2008年9月12日 (金)

地図を見ても分からないデンマーク語

 14:00 オスター通りを歩き、市庁舎前の広場に出る。ここが市庁舎前の広場だと分かったのは、その日の夕方「アンデルセン像」を見に行った時である。その時のショックは後で述べる。
 自分たちが今、どこにいるのかホテルで貰った地図を見るが、デンマーク語ではチンプンカンプンだ。角にセブンイレブンがあった。その辺からタクシーに乗り、ホテルへ戻った
Cop17 ビールとお茶で一休み。ホテルで孫たちの土産用にTシャツなどを購入した。
 
夕方ホテル前の遊歩道で写真を撮る。窓から見えた塔が綺麗だ。
 その後ランゲ橋を渡って、チボリ公園(TIVOLI) 前のアンデルセン(ANDERSON) 像を見に行く。
 橋の上から見る対岸の景色も古都らしさに溢れている。写真(中)の遠くに見えるのが市庁舎、写真(右)はニュー・カールスベア美術館である。 Cop18
Cop20Cop19  

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ロイヤル・コペンハーゲン・コレクション

Cop10Cop13  ロイヤルコペンハーゲン本館の2階にはウエルカムセンター「ロイヤル・コペンハーゲン・コレクション(The Royal Copenhagen Collection)がある。そこで上品な傘を買う。コペンハーゲンではユーロが問題なく使える。

小奇麗なお店で軽食を取ったあと、ロイヤルコペンハーゲンで傘を買い増す。ロイヤルコペンハーゲンの建物は、如何にも風格がある。 Royal1 Royal2 Royal3

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2008年9月11日 (木)

ロイヤルコペンハーゲン(ROYAL COPENHAGEN)本店

200786(月) コペンハーゲン 快晴、後晴れ
7:00 起床。 8:00 朝食。 流石に酪農の国である。牛乳がおいしい。
9:40 タクシーでコンゲンス・ニュートー広場近くのMAGASINデパートへ。スカンジナビア最大規模を誇るそうだが、目的はロイヤルコペンハーゲンである。地図を片手にブラブラ歩き、妻はブランド街のウインドウ・ショッピングだ。 Cop8 Cop9_2
アマートーゥ広場(Amagertorv)では観光客が鳥の彫像があるベンチで休んでいる。その彫像の右手に見える茶色の建物が世界に誇る陶磁器の代表、ロイヤルコペンハーゲン(ROYAL COPENHAGEN)本店だ。
その右隣の白い建物は、銀製品のジョージ・ジェンセン(George Jensen)である。

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2008年9月10日 (水)

人々のマナーの良さに感心(コペンハーゲン)

Cop14  コペンハーゲンは北欧であり、かなり寒いのではないかと思っていた。しかし予想外に暑く、タクシーの運転手も今年は異常だと言っていた。これも地球温暖化の影響か。ホテルの窓から港が見えたが、海岸線に沿って並ぶ風車が美しく、環境対策がしっかりしている国だと感じた。目の前の広い道路の電柱も上品だ。
 また、パリやイタリア、ウイーン、ブリュッセルで見かけた乞食が、コペンハーゲンでは見られなかった。
 コペンハーゲンには2mを超える大男が沢山いる。北上するほど背が高くなる。
 人々のマナーもいい。車が来なくてもじっと信号待ちをしている。フランス、イタリアあるいはニューヨークでは考えられない光景だ。

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2008年9月 8日 (月)

眺望の素晴らしい17Fの部屋

Hotel

 空港でT/C 300 DKK(デンマーク・クローネ、Dansk kroneDanish krone)に換金する。DKK 2,229.63 で、手数料としてDKK 90.00が引かれた。ヨーロッパではT/Cは損だ。デンマークはEUに加盟しているが、通貨はデンマーク・クローネである。
14:30 タクシーでラディソン・サス・スカンディナビア・ホテルへ(DKK 146)。デンマークの公用語はデンマーク語だが、大半の人が英語を話すそうだ。
・ラディソンSASスカンジナビア ホテル (RADISSON SAS SCANDINAVIA HOTEL)
 カジノを併設する高層ホテルである。案内された部屋は15Fの眺めのいい部屋だ。まん前に美しい池(運河の一部か)がある。如何にも歴史のありそうな景色も素晴らしい。早速部屋の窓から写真を撮る。  Cop6
Cop4写真(左):右の塔は救世主教会、左の塔は何だろう
写真(右):遠くに風力発電所と白い風車が見える。
(2007年8月5日撮影)

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またまた荷物が出てこない!

12:51コペンハーゲン空港着陸。快晴。
 無事コペンハーゲン空港に到着したが、今度は妻の荷物が出てこない。ブリュッセルからの荷物が全てベルトコンベア上から無くなり、次の便の荷物が出始めた。期待の北欧、コペンハーゲンで出端をくじかれてしまった。
 已む無くクレイムの列に並ぶ。荷物が出てこない人たちで混雑している。一人の日本人が「困った、困った」と走り回っていた。
14:00 クレイムの順番があと二人位になった時、「あった、あった」という妻の声が聞こえてきた。驚いて振り返ると、バッグを転がしながら笑っている。何と荷物がぽつんと一つ出てきたそうだ。ホッ!

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コペンハーゲン-期待通りの美しさ

200785(日)ブリュッセルコペンハーゲン 快晴
11:41 ブリュッセル空港離陸。
12:46 離陸後1時間、美しい人家や畑が見えてきた。