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2009年2月24日 (火)

この目で見た「世界遺産」-ヴェネツィア(3)

・運河とゴンドラ(Canal&Gondola)

Venezia15 ゴンドラで運河を巡るのはヴェネツィア観光の定番だ。ただ、水は臭いし、水位がどんどん上がっているのが心配である。昨年、サン・マルコ広場が水浸しになったテレビの映像は衝撃的であった。
Venezia21Venezia23_2Venezia24   

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この目で見た「世界遺産」-ヴェネツィア(2)

サン・マルコ広場(PIAZZA SAN MARCO)
Venezia14_2Venezia9_2  ヴェネツィアの表玄関であり、共和国時代は祭礼や公式行事の場であった。サン・マルコ寺院、ドゥカーレ宮などに囲まれている。
 サン・マルコ寺院の前には高さ96.8mの大鐘楼(CAMPANILE)が立っている。右の写真はサン・マルコ広場へ向うボートの中から撮った大鐘楼である。

サン・マルコ寺院(BASILICA DI SAN MARCO
Venezia20_2  10世紀に聖マルコの遺体を安置するためにつくられた大寺院で、ローマビザンチン建築の傑作といわれている。5つのドームは東洋的な影響を受けている上部には聖マルコの像が据えられている。


・ドゥカーレ宮殿
(PALAZZO DUCALE(DOGE'S PALACE)
Venezia22_2  ヴェネツィア共和国時代の総督居館と政庁、裁判所が置かれた政治の中枢である。13091422年に建てられたゴシック建築で、内部はヴェネツィア派の画家達の大作と天井画で飾られている。4Fに有名なチチアーノの絵があった。宮殿内には牢獄へ続く「溜息の橋」(Ponte dei Sospiri) がある。

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2009年2月23日 (月)

この目で見た「世界遺産」-ヴェネツィア(1)

ヴェネツィアとその潟(Venice and its Lagoon)1987年、文化遺産
 
ヴェネツィアはヴェネツィア共和国として輝かしい歴史をもち、街全体と潟が世界遺産に登録されている。ヴェネツィアは、5世紀頃、ゲルマン族の進入から逃れるために、当時湿地帯であった場所に街を作ったのが始まりといわれている。「ヴェネツィアとその潟」が世界遺産に登録されているので、この目で見た印象的な写真を順不同で載せていこう。

・マッジョーレ (SAN GIORGIO MAGGIORE) 教会の鐘楼:
Venezia25_4  
サン・マルコ広場から美しいマッジョーレ教会の鐘楼が見える。この教会はヴェネツィアの中でも規模が大きく、1566年に建設が始まった。鐘楼は18世紀に付け加えられた。サン・ジョルジョ・マッジョーレ (San Giorgio Maggiore)は、ヴェネツィアの潟にある島の一つである。

・サンタ・マリア・デラ・サルーテ教会(SANTA MARIA DELLA SALUTE)
Venezia8  サンタ・マリア・デラ・サルーテ教会は修復中であった。この教会はヴェネツィアのバロック様式建築の最高傑作である。1630年のペストの流行が収まった時、神への感謝の印として1631年から建設された。海の税関の建物と連なり、大運河の入口のシンボルとなっている。

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2009年2月20日 (金)

この目で見た「世界遺産」-ミラノ

■レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院(Church and Dominican Convent of Santa Maria delle Grazie with ""The Last Supper"" by Leonardo da Vinci )1980年、文化遺産


MilanMilan1 

イタリア・ミラノにあるサンタ・マリア・デレ・グラツィエ修道院は、西洋美術史上の傑作、レオナルド・ダ・ビンチが描いた「最後の晩餐」がある修道院として知られている。その「最後の晩餐」は、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会に隣接するドメニコ会修道院の食堂の壁に描かれたフレスコ画である。1999年に20年以上にわたる修復作業が完了した。

Ldvinci 「最後の晩餐」160億画素という非常に高い解像度の画像で作成され、インターネット上で公開された。1000万画素のデジタルカメラによる画像の1600倍の鮮明さだという。http://www.haltadefinizione.com/en/ 参照

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この目で見た「世界遺産」-パリ(7)

ヴェルサイユの宮殿と庭園 (Palace and Park of Versailles)1979、文化遺産
VersaillesVersailles1 ヴェルサイユにあるブルボン朝の宮殿。17世紀、ルイ14世の宮廷として当代一流の建築家・造園家・美術家によって造営された。約1300の部屋がある。


 ベルサイユ宮殿は流石に豪華であった。ただ、豪華Versailles4Versailles3な王宮であるだけで、さして感動は覚えなかった。ただ、修復が終わったばかりの「鏡の間」は確かに美しい。鏡の間は儀式や外国の賓客を謁見するた めに使われた。窓からは壮大な庭園が一望できる。


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2009年2月16日 (月)

この目で見た「世界遺産」-パリ(6)

・シャイヨー宮(Palais de Chaillot)
Lhomme  イエナ橋を挟んでエッフェル塔の向かい側、トロカルデロ広場(Place du Trocadéro)にあり、1937年の第6回パリ万博の会場として建てられた。鳥が翼を広げたような優美な建物である。写真はその中にある人類博物館(Musée de l'Homme)である。世界各国の民芸品や宗教行事の用具など、人類学と民俗学の貴重なコレクションを展示している。

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この目で見た「世界遺産」-パリ (5)

・アルマ橋(Pont de l’Alma)
Alma1Alma2 ジョルジュ・サンク大通(Ave. George V)をセーヌ河に向って歩くとアルマ橋に出る。ここからのエッフェル塔の眺めは素晴らしい。

・エッフェル塔(Tour Eiffel)
EiffelEiffel2  エッフェル塔はフランス革命100周年を記念して行なわれた第 3回パリ万国博の際に建造された高さ320mの塔であり、「鉄の貴婦人」とも呼ばれるパリの顔である。写真は観光バスの上から撮ったエッフェル塔で、遠くに見えるセーヌ河に掛かる橋はアレクサンドル3世橋(Pont Alexandre III)である。エッフェル塔の下は観光客で賑わっていた。(2007.7 撮影)

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この目で見た「世界遺産」-パリ(4)

・ブルボン宮(Palais Bourbon)
Bourbon ブルボン宮殿は1722年にルイ14世の娘、ブルボン公爵夫人のために建てられた。現在はフランスの下院の国民議会 (Assemblée nationale)が置かれている


・アンヴァリッド(Hôtel des Invalides)
Dome アンヴァリッドは、ナポレオン1世の墓所として知られるが、本来は1670年にルイ14世が創設した戦傷兵のための療養所である。写真のドーム教会(Eglise du Dôme)にはナポレオンが埋葬されている。

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この目で見た「世界遺産」-パリ(3)

 セーヌ河をさらに下って行こう。
・コンコルド広場(Place de la Concorde)
ConcordeConcorde2  凱旋門からシャンゼリゼ大通を真っ直ぐ進むとコンコルド広場に出る。さらにその先に
チュイルリー公園、ルーヴル美術館がある。
 1793年にギロチン台が置かれ、ルイ16世、マリー・アントワネット、革命家のロベスピエールなどがこの広場“革命広場”で処刑された。1795年、恐怖政治が終わり、広場の名称は“コンコルド=調和”に改められた。

・アレクサンドル3世橋(Pont Alexandre III)
Alex  
4隅に立つ高さ約20mの柱には黄金のブロンズ像が飾られている。 グラン・パレ(Grand Palais)、プチ・パレ(Petit Palais)側からこの橋越しに見るアンヴァリッドの全景が圧巻である。

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この目で見た「世界遺産」-パリ (2)

ルーブル美術館(Musée du Louvre): Louvre_2

Louvre2 「ミロのヴィーナス」や「モナリザ」を初め30万点もの作品を保持する世界最大級の美術館である。ガラスのピラミッドが入口になっていて、その下にチケット売場がある。「ダ・ヴィンチ・コード」のヒットでますます人気が出た。
 
・オルセー美術館(Musée d’Orsay)
OrsayOrsay2 
モネやセザンヌ、ルノワールなど印象派を中心に、19世紀後半の作品が展示されている。もとは鉄道の終着駅だったが、建物をそのまま利用した美術館である。

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2009年2月15日 (日)

この目で見た「世界遺産」-パリ (1)

 美しい都市パリは、フュゾー(fuseau)規制というユニークな条例でその景観が守られている。フュゾー規制とは「定められたポイントから見たときの歴史的な景観を損なう建造物を建てることを禁止する条例」である。現在、パリ市内の45の景観がこのフュゾー規制の対象となっているそうだ。

セーヌ河岸 (Paris, Banks of the Seine)1991年、文化遺産
 
セーヌ川のサン・ルイ島シェリー橋から、エッフェル塔そばのイエナ橋までの約5キロの範囲が世界遺産に指定されている。セーヌ川に沿って下っていこう。

・ノートル・ダム大聖堂(Cathédrale Notre Dame de Paris)
Notre_dam_2 セーヌ川の中洲にあるシテ島に建つフランス・カトリック総本山である。12世紀ゴシック建築の最高峰といわれている。ノートル・ダムとは“我らが貴婦人”という意味で、聖母マリアのことである。

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2009年2月 1日 (日)

無事帰国に娘たちは「奇跡が起こった!」

22日にホノルルを発ち、23日無事東京(成田空港)着いた。

2007823日(木) 成田空港 晴れ

14:07 東京国際空港に着陸、「二人だけの世界一周旅行」完遂。

14:30 長女が出迎えてくれた。パリから送った別送荷物の手続きで税関へ。また、ホノルルで仕込んだチョコレートなどは宅急便で仙台の自宅に送った。

 長女の車で家まで連れて行ったもらった。娘の家で早速乾杯だ。久し振りに日本語だけの会話が弾む。言葉の障害のないことが、これだけ気持にゆとりを持たせるとは。

 さて、読者の皆様に感謝しながら一言。

【反省】折角素晴らしい世界各地を訪問していながら、事前の調査不足で見落とした所、行き損ねた所があまりにも多かった。国内のドライブ旅行でもほとんど無計画、行き当たりばったりでやってきたが、その癖が大事なところで出てしまった。日誌を書きながら、後から訪問地の情況等を調べて臍を噛む日が続いた。

 行き当たりばったりの旅には思わぬ幸運に恵まれることも多々ある。しかし、実を多くするにはやはり事前の調査、準備が肝要である。読者の皆様はどのようにお感じになっただろうか。

【これから】この旅行を振り返って、当初あまり意識していなかった「世界遺産」を整理してまとめてみたい。昨年のサンマルコ広場(ベネツィア)での大洪水には心が痛んだ。ライン河の増水も心配だ。「世界遺産」維持のためにも環境保護、省エネが大切で、自然エネルギーの活用に力を入れなければならない。この点、ヨーロッパ、北欧が進んでいることを目の当りにした。世界の一人ひとりの意識改革が求められる時代に入っている。

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